妙なる囁きに 耳を澄ませば
          〜音で10のお題より

 “Whispering"



近づきつつあるという台風の話題以上に、
今日という1日の始まりに いきなりあたふたさせられた、
“イエスの声が出なくなったぞ、なんでまた”騒動は。
ネトゲ仲間と盛り上がって設けた罰ゲーム、
浄土の土産物“代替の札”という1日限りの封印のお札を使った、
ちょっとした悪戯のようなものだったと判明し。
いい歳をした聖人たちで何を悪ふざけしてますかと、
振り回されかけたブッダ様から叱られた上、
そういう取り決めをしたのなら、
いいでしょう しばらく難儀してなさいと。
伝心も使用禁止と言い渡されて、
ちょみっと凹んでしまってたイエスだったのだが。
そんなややこしい“プチ苦行グッズ”は咎められないのか、
やっぱり浄土界の遊び心って理解不能だと、
イエスから ぼやかれたからじゃあなくての、あのね?///////

 大好きなイエスのお声が聞けないのは つまらないからと

お昼を回って少しして、
やっとのこと、中途半端に封印されてた残りも
それはあっさりと解いてもらえたイエス様だったのだけれども。

 「そういや、」

夜更かし好きのイエスと違い、
朝型なブッダにしてみれば、もう後は寝るだけという時間帯。
押し入れから布団を降ろし、一応イエスの分もと二組を並べて敷いてから、
ブッダ様が今になって思い出したらしいのが、

 「君、あの札で何を叶えることにしていたの?」

 「はい?」

どうせこの後、問題のお仲間たちが、
あの札のせいで何があったかを訊いてくるに違いなく。
それへのスタンバイもあってか、あらためてPCを開いての、
布団へ寄って来ないままなイエスへ向けて。
パジャマにしている無地のTシャツに、
部屋着用のステテコ風イージーパンツという恰好になったブッダが訊けば、

 「…いやあの、えっと。」

おやおや? 何でだか歯切れが悪くないですか?

 「封じるものはペトロさんが決めたって言ってたけど、
  そっちも彼が指定したの? それはないよね?」

札の性能上からも、そういう“無理強い”は出来ないようになっている。
何せ他愛ないお土産物なので、(そうかなぁ…)
例えば親御が子供へのお仕置きなんかに使うこともあるかもしれないが、(怖)
叶う…かも知れないものは、苦行を受ける人自身が望むもの優先。
頑張りに合わせて叶う度合いもグレードが異なるとかで、

 「えっ、それじゃあ1日黙り通せてたら
  叶ってたかも知れないの?」

 「ものによるけどね。」

サンタさんへのおねだりじゃ無いのだから、
物資目当てはまず効かないけれどと。
まさかとは思うけれど、
新しいPCとか望んでいても無駄だよと遠回しに探ったところ、

 「そっかぁ。
  じゃあ、ちゃんと我慢すればよかったかな。」

うふふと微笑ってそんな風に言うものだから。
え?え? もしかして結構ちゃんとしたことを
叶いますよにって考えてたイエスだったのかなぁ。
だったら あのその、成就させてあげた方がよかったのかなぁと。
ちょっぴり微かに罪悪感…のようなものが、
清廉なればこそ、ブッダ様の良心を ちくりちくりとつついたりもするのだが、

 「でもまあ、機会は幾らでもあることだし。」

他力本願より自力で叶えるのが一番だしねぇと、
残念だったと言ったそのまま、
すぐにもその苦笑を、別口の甘い笑みにて深くする彼なものだから。

  ああ、こういうところがと、感じ入るブッダだったりもし。

仏教が現在からの解脱をしたければと、
あまたの煩悩を捨てよ捨てよという引き算の思想なのに引き換え、
イエスが広めた教えは、
どんなところからでも幸いを見つけて拾いあげよという
俗に言う“よかった探し”が基本。
肩から力を抜き、ほこりと微笑って、
辛抱と堅く構えることなく、自然体にて我慢を幸いに変えるのだから、

 “もうもう困った人なんだよな。///////”

慈愛の如来と呼ばれるのが面映くなるほどに、
何と豊かで深い尋を持つ彼であることか。

  頑なでいるばかりでは息もつけないでしょと

ぽんと背中を、肩を、
気さくに叩いてくれたのもそういえば、
このイエスが初めてであり、いまだ彼のみなのではなかろうか。
天界へ昇って来てもそれしか見えぬかのように、
修行に明け暮れ、規律戒律のみ重んじて。
勤勉実直なその歩みを 頑として止めなんだ自分は、
ぼんやりと景色を眺め回した記憶も定かではなくて。
そんなの無為なことだとまで思ってはなかったけれど、
衆生救済のためには刻が幾らあっても足りぬと、
どこかで躍起になっていたものを、
ほぐしてくれた手が、笑みが、この彼のそれだったから。

 “一緒にバカンスしようと、
  誘ってくれてありがとうだね。////////”

じかには言えない、まだ恥ずかしい。
そのうち、そう、さりげなくこういうことを言えるまでになったらね。
それまで仲良くしていてねと、こそり囁く胸のうち……。




    ◇◇



りいりいりいと、虫の声。
まだ合唱までには至らぬか、
そこここに散らばった幼い声がまばらに届く。
窓を閉めないのは まだ居座ってる夏からの習い。
網戸は閉めているのだし、
男所帯でしかも
一瞥すれば 調度も僅かで何にも無いのは一目瞭然。。
清貧を絵に描いたような所帯なのだから、
泥棒だって呆れて退散するに違いなくて。

 「……?」

さすがにイエスも寝たものか、
部屋の中には窓からの風。
まだまだ夏の気配も色濃い夜気が垂れ込めているけれど、
肌触りが格段に清かな夜風を送り込むばかりで、それは静か。
妙な夜更けに目が覚めたのかな、
いやいや壁際に追いやられた目覚ましのデジタル表示は、
まだ日付も変わらぬという早めの時刻を指していて。

 “変だな。イエス、今夜はネトゲしなかったのかな。”

皆から からかわれたのかな。
それとも私が封印を解いたのを、助けてもらったと勘違いされちゃった?
暗い中で目が覚めたせいか、
わざわざ明かりを灯さずとも、
すぐのお隣、ちょっぴり奔放な寝相で寝ている友のお顔は見て取れて。

 「……。」

色白で少しばかり頬の薄い、自分とは印象が遠く離れた彼は、
その双眸を閉ざすと、何だか素っ気なさが増すようで。

 “そうなんだよね。”

屈託無く微笑っているから朗らかなのであり、
困ったようと眉を下げるから幼く見えるのであって。
本来の面差しは、男らしくてしっかと大人。
薄い瞼が彫深い陰を落とす双眸や、
知的繊細に引き結ばれた口許の静謐な印象は、
こんな折にしか見られない希少なそれで。

 “…というか。////////”

そも、じっと注視していられないのは、
ブッダの側にある含羞みのせいもあるのだし。

 “こういうお顔は、たまにで良いかも。”

男らしくて精悍で、でも、
こんなキメ顔で始終いられては、それこそ落ち着けぬに違いない。
眠っているのに、それでも頬が火照って来てしまい、

 “…っ。/////////”

ああ、これだから微かなりとも背徳を感じてしまうのかな。
寝ぼけているからとだけ言い切れぬ証しのように、
そんなことないでしょと嘲笑するよに、
深藍色の豊かな髪が、
夜陰に青く染まった部屋の床へ音もなく流れてあふれる。
起きているときに螺髪が思わずほどけるのは、
イエスからつつかれてのこと、困惑や動悸に耐えかねてがほとんどで。
ただ、そんな状況でもないのに、
するすると すべらかにほどけることだってあって。

 “……。/////////”

夏掛けを背中に負うたまま、
寝床から少しだけ身を起こして見やっていた寝顔へ、
そおと手を延べ、

 「…。」

中途で一旦止めたものの、
視線を泳がせたのち、おずおずと触れたのが細い頬。
ほのかに汗の湿り気が馴染んでいて、あと、髭の感触もして。
こんな形でしか触れられぬ臆病な自分には、
せいぜい、夜陰の帳へのおまじないしか呟けぬ。

 「ねえ…大好きだよ、イエス。」

誰も聞く人はいないというに、
小さな声での一言は、ほのかに甘く掠れたそれで。
聞かれたいよな、聞かれたくないよな、
微かな声での囁きは、無かったことにされるだけ。
当然のこと、微塵も動かぬ彼なのへ、ほっとしたよに小さく微笑い。
名残り惜しいが、まだまだ明日の朝は遠いぞと。
自分の寝床へ横になり、静かに寝直すブッダ様こそ 気づかない。

 “……ずるいよねぇ。
  こんなときの告白が、
  一番キュンと来る いいお声だなんてサ。”

だからね、寝てる振りする私は狡くないの。
むしろ讃えられたいほど健気というものさねと。
身動きせぬままのイエス様、
うっすら開けた横目でこそり、
大切な人の肢体が描く、優しい稜線を眺めやり、
切ない気分をそおと飲み込む、秋の初めの更夜のしじま…。





   〜Fine〜  13.09.02.


  *長い長い一夜です。
   これでも時間が掛かってるのがもどかしいくらい。
   次の章はちょっと変則。
   ますますと枝番仕様へ転げて行きそうですので、
   何かついてけないなと思われたら、
   この辺で引き返された方がいいのかも。
   (いや別に、いきなりR指定にはなりませんのでご安心を。)




                  次話
足 音 

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